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執筆広場 〜研人の土曜一話

「大型茶園ご紹介」

(2015/10/29)
前回ご紹介の「大福集団茶園」に続き、宇治田原町の新しい大型茶園をご紹介します。今日午後、私が住む住宅街より約100m高い海抜250mの茶園への散歩は良い運動になりました。

拙宅から宇治市内に向かって登り坂を西へ約1.5km。右手に大きな茶園が見えてきます。2010年3月に開発された幅600m・奥行300mほどの面積19.4ヘクタールの茶園が緩い傾斜地に広がっていて、霜外防止の扇風機が天辺に付けられた銀色の鉄柱が目立ちます。

大福茶園と異なり、傾斜が緩いのは乗用機械の導入を想定して開発されたからです。既に30万本の植栽が終わり、緑色の茶葉が茂っています。尚、道路と茶畑の間は30〜50mの空地となっていますが、2年後から収穫が始まるころには製茶工場が出来るとのことです。そのころには、観光バスの駐車場も造られるのではないかと想像します。

この茶園の名前は、江戸時代に緑茶製法を発明した「永谷宗円」が由来です。尚、宗円の生家はこの茶園から東に約7km、宇治田原町の概ね真中に位置する湯屋谷の山あいにあります。宗円生家の見学は、紫陽花が見ごろになる6月がお勧めです。
 
 

「初めての大福集団茶園」

(2015/10/15)
私はFB友達リクエストする時、この茶園の写真を添付します。この写真のお蔭で、リクエストをご承認頂く方も多いと思います。それほどにシンボル的な美しい茶園です。拙宅から国道307号線を東方向に7km、国道の左側にあります。もう1km東に進むと宇治田原カントリー倶楽部です。

しかし、同茶園に足を踏み入れたのは今回が初めてでした。添付写真の通り、山を切り開いた起伏の激しい茶園です。手作業の厳しい労働を強いられるために、栽培が放棄されて荒れている茶畑が若干見られました。尚、拙宅から西へ1kmの起伏が少ない所に数年前から新しい集団茶園が開発されています。茶の栽培も機械化が求められる時代だと痛感しました。


私は、この茶園をご案内するのは初めてのため、今回は会長の説明を聞いて勉強する形になりました。しかし、お客様はそんなことは関係なしで、茶業関係者らしい専門的な質問もありました。例えば、お茶の収穫時期はいつごろですかとの質問を受けました。私が「5月です」と答えたところ、会長が「5月が一番茶で、二番茶が7月、次に9月そして翌年3月にも収穫します」と詳しく説明。私は苦笑いしながら「私は当地に引っ越して21年ですが、案内人の会に入って3年の見習いです」と言いました。

※写真上は観光パンフレットに掲載の大福茶園  下左は今日撮影した大福茶園(起伏が激しく、右端の茶畑が荒れている) 下右は新しく開発された茶畑の横を通る道(肝心の茶畑は写っていません。陳謝)

 




「60代の起業家との出会い」

(2015/8/30)
昨日、京都市内のホテル東山閣で開催の「21世紀日本フォーラム」第22回サマーフォーラムに初参加。そこで新たな出会いがありました。

同フォーラムのテーマは「地方・国・世界」でした。10〜13時の午前の部、14〜17時の午後の部、そして17〜19時の夕食懇親会の全てに参加しました。

講師は全部で8名、大学教授・研究機関の専門家そして議員など多士済々でした。テレビで見たことのある方もいらっしゃいました。殆どの講師は日本文化を守る考え方の方で、事実に基づく認識と提言をお話になり、大変に勉強になりました。

懇親会は、全員の1〜2分の自己紹介で始まりました。私は「64歳で松下電工を定年退職。小さい頃の夢を実現するため、個人会社・研人企画を設立。5年目を迎えた売れない作家です(笑)。2年前、知人15人と共同で生涯青春研究会を設立。シニアの皆様の出版支援サービスをしています。本日ご参加の皆様の多くは、出版実績のある方が多いと存じますが、自費出版をお考えの方は大阪能率協会で私が開催している「執筆出版フォーラム」にご参加ください。損しない自費出版法を定期講演しています。

午後7時過ぎに懇親会がお開きになり会場を出ようとした時、60歳前後の男性から「田邉さん、私は浅川(仮名)と申します。松下グループの出身です。今年、自分の会社をつくりました。これから事業を展開して参ります。時間があれば、情報交換をさせて頂けませんか」と声を掛けられました。そこで、ホテルのロビーで話をすることにしました。

 浅川さんの会社の事業を聞いた後、私は直近4年間に取り組んできた内容、特に顧客開発の具体的方法を説明しました。フェイスブックの効用を詳しくお話した段階で、浅川さんの取引企業も中小企業様だと判りました。そこで、中小企業様の経営力を高めるお手伝い組織「SMS研究会」をご説明し、取引企業の経営者様をご紹介するようお願いしました。
今日の早朝、自宅PCに浅川さんからのメールが届いていました。私は早速、9月前半での面談を申し入れました。

 


 「近鉄西大寺駅ビル2階の鯛焼き屋さん」 

(2015/8/16)
今日午前11時から大阪上本町駅の近鉄文化ホールで開催の講演会に参加。講演終了後、自費出版書籍の展示会場を見てから近鉄電車に乗り帰路に着きました。

 どちらかと言うと甘党の私が知る美味しい鯛焼き屋さんは関西に2軒。1軒は阪急十三駅前のお店、もう1軒は西大寺駅ビル2階にある店です。

 乗継駅の西大寺の駅ビル2階レストランで遅めの昼食を摂った後、お土産に鯛焼きを買おうと、その鯛焼き屋さんに行きました。

 私が、レジの若い女性店員さんに

 「鯛焼きを6匹ください。餡子入りを3匹とクリーム入り3匹」

 と言うと、

 店員さんが笑顔で

 「有難うございます。今焼いているところです、5分ほど待ってください」

 との返事。

 私は店員さんに自己紹介の新聞記事を見せながら

 「私は作家5年生です。3年ほど前、鯛焼きの美味しいお店として、このお店と十三のお店の紹介をフェイスブックに投稿したら、北海道の鯛焼き屋さんから投稿内容が良いとの理由で御礼に冷凍の鯛焼き10個が郵送されて来ました。しかし、冷凍物はもう一つでした。やはり、焼き立ての鯛焼きが一番美味しいですね」

 と説明すると、

 店員さんは

 「フェイスブック投稿のお礼が冷凍鯛焼きとは凄いですね」

 と笑いながら、鯛焼きを袋に入れて渡してくれました。

※購入した体長15cmほどの鯛焼きは、添付写真の通り一匹ごとにお洒落な袋に入れられています。尚、同時に購入した体長3cmほどのミニ鯛焼き10匹は、写真を撮る前に孫たちの口に入ったために写真を紹介できなかったことをお詫びします。

 


本当は、昭和5年生まれ

(2015/8/15)

昨日、妻と一緒に大阪府門真市に住む妻の両親へ、お盆の挨拶に行ってきました。お二人とも80代半ばですが、お元気です。先祖の霊にお参りした後、鹿児島県徳之島出身で昭和6年生まれのお父さんから、次のような意外な話を聞きました。

 「当時の徳之島では、赤ん坊が生まれて1年後に出生届を出すのが習わしだった。だから、僕は戸籍上では昭和6年生まれとなっているが、本当は5年生まれだ。その理由は、当時の徳之島には病院がなく、赤ん坊の死亡率が高かったため、出生届と死亡届を相次いで提出するのを嫌ったからだ」。

 「昭和31年、生後1年の乳児を含め4人の子供を連れ、大阪に住む同郷出身の知人を頼りに徳之島から大阪に移り住んだ。以来、いろんな職場で必死に働いた。最初に就職した会社の社長のお蔭で仕事に恵まれ、家族を養うことができ、子供全員が立派な成人に育ってくれた。自分の財産は4人の子供だと思う。長男が昨年、病気で他界したのが非常に残念だ」。

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 今も門真で夫婦二人暮らしのお父さんは、10年ほど前に仕事から退き、痴呆症気味になって来たようですが、仕事で鍛えた身体は健康そのもの。写真のドラゴンフルーツを食べながら、お父さんは大阪に出て働き始めた思い出を詳しく語ってくれました。

 そして、「この話は、文章にして沢山残している」とのこと。私は「それなら、1冊の本にしてみてはどうですか? 私がお手伝いします。勿論、無料です。電子書籍なら簡単に出版できます」と言いました。お父さんは、姿勢を正して「それなら、頼むことにする」と答えてくれました。

※写真はドラゴンフルーツ(メキシコ・中南米のサボテン科ピタジャ・日本名ピタヤ)。中国語名の「火龍果」からの英語名「ドラゴンフルーツ」と呼ばれる。

   

「執筆の目的」

(2014/6/27)

私たちが文章を書く、所謂「執筆」の目的は、「記録する」と「人に伝える」そして「思考する」の3つだと思います。
皆様ご存じの通り、「言語」と「文字」を合わせて「言葉」と言います。
人類が言語を発明したのは170万年前と言われています。
450万年前にアフリカ大陸東部で人類が誕生したと言われますので、人類が誕生して280万年の間は言語がなかったのです。
そして、文字の発明は今から僅か1万1千年前だと言われています。

「言語」は意思疎通、所謂コミュニケーションのために発明されたと考えられます。
人類は火の利用技術に続く人間独自の知識である言語を創造したことにより、霊長類として地球上で特別の存在になったと言えます。
尚、最近の研究では、イルカなど知能の高い動物も言語に相当する意思疎通手段を有していることが判明しています。

一方、「文字」が発明されたのは、記録する必要があったからだ考えます。
そして、文字の発明によって人類は文明を獲得したと言えます。
古代遺跡に刻み込まれた文字が数千年の時を超えて、その時代の文明を現代に伝えているのです。
文字の発明により、古い出来事を口頭で伝える「語り部」は職を失ったと考えます。
しかし今も、文字を持たない民族が存在します。
この民族にとっては、今も語り部は重要な存在だと言えます。

そして、文字は自分の思いを人に伝えると同時に、執筆する中で「思考」という知的作業を行っていると言えます。
言語と知識を文字にする作業である執筆が、自分の考えを整理し新たな知識を生み出し、時間を超越して多くの人々に正確に伝えることができるのです。

ご存じのように、特許や博士号を取得するには、その内容を文章にする必要があります。
言い換えれば、発明や発見など新たな知識は文章にしなければ認められないのです。
つまり「形式知」、知識を文章という形にすることが科学であり知的財産だと言えます。
その意味で、発明とは言えなくても「自分の本を出す」ことは価値ある活動だと言えます。
その活動は、執筆の3つ目の目的「思考する」という行為に他ならないからです。

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2015/2/27
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